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マラソン日記

Author:マラソン日記
日本共産党土佐市議。妻(三ヶ尻亮子)との二人暮し。1964年1月2日徳島県阿波市阿波町生れ。徳島大学工学部卒。旧運輸省第三港湾空港建設局を98年にやめ、日本共産党の専従に。14年4月20日から土佐市市会議員に
「文海の会」会員。ペンネームは粟田昇
事務所兼自宅は土佐市高岡町甲1955メゾンあゆみB201
メールmurakaminobuodesu@gmail.com 


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単身沖ノ島日記

28日(日)は宿毛市の沖ノ島に。
当初の予定が立たなかったため、この間いってなかった沖ノ島いきを急きょ決め単身乗り込みました。

宿毛市片島港から7時発の連絡線で沖ノ島弘瀬港に。帰りは弘瀬港から3時40分発で片島港に。
島内で弘瀬と母島とでハンドマイクで街宣1箇所づつ実施。よく響きました。
弘瀬でも母島でも、演説のあと寄った商店でジュースなどの差し入れをいただきました。

弘瀬に入ると、カモが道路をテクテクとすぐ近くを数羽歩いていて、驚きました。
聞くところによると、港内にカモのヒナが13羽もうまれていたのをみつけ、休校となっている小学校で飼って保護。その後は公園でネットをはって飼い。天敵のカラスなどに襲われないぐらい大きくなってから放したそうです。放した後も、パンくずなどを与えて島内のみんなでかわいがっているそうです。
「カモは食べない」かと聞くと、「みんなで育てたカモ。かわいくて、とても食べれない」と、とんでもない話という感じ。

弘瀬では「田辺ますみさんの名をだしたらOK!」といわれました。田辺さんは、献身的に党活動を行い地域のみなさんのお世話をされていました。本当にありがたく思いました。

沖ノ島かつて、約1200人いたそうですが、現在は200人程度。小中学校は統廃合。学校にいくため、そして就職のために、学生や若者を島を離れ。高齢になると、子供をたよって出て行ってしまうといいます。

仕事は、漁業でも漁場はいいが、市場が遠いのがなんともならないといいます。
山間部の直接支払い制度を充実させた島嶼部での所得保障制度の必要なこと、介護制度でも1人暮らしの重度介護者でも生活できるように、低入居料での終の棲家となれる施設や手厚いヘルパー体制をとれるように特別な介護制度の充実などが必要だと話しました。

退職後Uターンされた方から話を伺うと「ここが好きだから帰ってきた」といいます。二人暮しのお年寄りの方は「ここが一番いい。よそにいかずにがんばりたい」といいます。

「暮らしよいところで暮らせるようにするのが社会の流れであるべきだ。」といいました。
雄大な海と潮騒を聞く地で安心して暮らせること。豊かな暮らしです。
私たちはもっと豊かさを追及して、利益をうまく分配していく理性を発揮して暮らしの豊かさを追求する社会をすすめなければ。

   <弘瀬のカモ>
沖ノ島鴨
   <民家のテラス日棚。昔から、野菜や魚を干物にするため各家にあったそうです>
沖ノ島日棚




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