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マラソン日記

Author:マラソン日記
日本共産党土佐市議。妻(三ヶ尻亮子)との二人暮し。1964年1月2日徳島県阿波市阿波町生れ。徳島大学工学部卒。旧運輸省第三港湾空港建設局を98年にやめ、日本共産党の専従に。14年4月20日から土佐市市会議員に
「文海の会」会員。ペンネームは粟田昇
事務所兼自宅は土佐市高岡町甲1955メゾンあゆみB201
メールmurakaminobuodesu@gmail.com 


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仁淀川町「だんだん」

本日の早朝宣伝は佐川町で。これで4日連続、がんばりました。今日も寒い日。それでも帰ると顔がヒリヒリ。お彼岸もすぎると南国の日差しは強いです。

その後は仁淀川町で元町会議員の井上輝美さん、伊藤武徳さんと行動。

午前中に吾川のひょうたん桜をみました。、ちょうど満開。また売店でかったおまんじゅうおいしかったです。売店は地元藤ノ野の集落で総出で取り組んでいます。ひょうたん桜は、大崎のまちから、山道を少しのぼったところの山の中腹にあります。まさに山の宝のような桜ですね。大事にしたい。

お昼から、旧に淀村に。長者地区の「だんだんの里」づくりを伺いました。
今から5~6年前に村興しとして「だんだんクラブ」を発足。今は「たなばた」、「キャンドルナイト」、しょうぶ祭りを実施。キャンドルナイトはクリスマスの時期に棚田に、2千8個のろうそくを灯します。
長者内の竹谷の集落は30件ぐらいありますが今は子どもは1人もいません。昔は各集落に5~6人はいた。この村興しを実らせたいといったました。

「だんだん」はNHKの朝のテレビドラマと同じ意味。長者の入り口には大分前から「だんだんよ」(「おおきに」と同じ意味)の看板があります。かなり年配の方はよく使っていたそうですが、今はほとんど使わないそうです・
「だんだん」は感謝するなど奥深い意味。長者集落は、段々畑と山の斜面にだんだんとはりついた集落。この「だんだん」とした地形に感謝したところからでた言葉と思います。自分たちの故郷を大事にしようとふるさとに感謝し、にぎやかな故郷を取り戻そうと、言葉が再び復活。NHKドラマを機に支援の輪が大きくなればと思います。

ひょうたん桜
だんだんの里
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