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マラソン日記

Author:マラソン日記
日本共産党土佐市議。妻(三ヶ尻亮子)との二人暮し。1964年1月2日徳島県阿波市阿波町生れ。徳島大学工学部卒。旧運輸省第三港湾空港建設局を98年にやめ、日本共産党の専従に。14年4月20日から土佐市市会議員に
「文海の会」会員。ペンネームは粟田昇
事務所兼自宅は土佐市高岡町甲1955メゾンあゆみB201
メールmurakaminobuodesu@gmail.com 


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槇村浩「間島パルチザンの歌」の碑

10日は私の休日。久しぶりにジョギングを中ノ島手前までいって帰りました。

写真は、8日高知市にいったときに撮った槇村浩の顕彰碑。お城近くの城西公園の川を挟んだ向かい側の公園にあります。代表作、「間島パルチザンの歌」が刻まれていました。

あらためて読みました。すごく長い詩です。
詩の流れは
▽「思いではおれを故郷に運ぶ・・・高麗雉子が谷に啼く咸鏡の村よ」と当人の故郷、朝鮮の地をふりかえる。
▽故郷を離れなければならなくなった13年前の、朝鮮で起こった日本の植民地化を許さない1919年3月1日の人民の闘争とそれに対する惨たらしい日本の弾圧をえがく。
▽その後、豆満江を渡り、中国東北部間島にいった。しかしここにもまた日本が侵略してきた。
撒かれていた日本共産党の在満兵士委員会発行による「ともに闘おう」というビラを読む。
人民解放のソ連革命のような、解放のたたかいが各国に広がりつつある。確信をもってがんばる。

槇村浩は高知県人。「満蒙は日本の生命線」などといって、日本の都合(実際は支配層だけ)だけで侵略をすすめていったなかで、殖民地化と侵略をされる側にたって、描いています。大胆に、いかに植民地化と侵略がひどいのか。共産主義の立場を説明しています。命がけで道理ある立場を貫き正義を貫こうとする姿。すごい詩と、前よりは少しわかったように思います。

今の日本はどうでしょう。アメリカいいなりにイラク派兵やインド洋に派兵して、アメリカいいなりになって、イラクやアフガンの人民の立場にたっていません。食料自給率は40%まで低下させ。6割も輸入して、飢餓を外国に輸出するようなものです。
相手の立場にたった国際関係を築けないようでは、相手だけではなく自国にとっても不幸に、歴史が証明。槇村浩の精神を受け継いでがんばりたい。
槇村1
槇村2
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